イップス研究報告⑫

投球と慣性の力 

 イップスの選手は、共通して投球時に慣性の力を上手く使えていません。メンタル面が改善されても、慣性の力を上手く使えなければ思うような投球は出来ません。慣性の法則とは、止まっている物体に力を加えなければ、そのまま止まり続け、動いている物体に力を加えなければ、そのまま動き続けるという法則です。

 図1を見るとの方向に自動車が直進しています。慣性の力は、の方向に働きます。の方向に曲がる時、ハンドルを右に回し慣性の力に逆らっての方向へ進んで行きます。

 図2と図3はジェットコースターが走るコースを表したものです。図2と図3は、コースの形は違いますが1周の距離は同じものとします。(高低差は無し・途中の加速なし)赤のラインがスタートでスタートした時、図2と図3のジェットコースターともに時速100kmとします。1周して赤のラインに戻ってくる時どうなっているでしょう?

 

イップス治療 イップス克服 イップス改善 イップス病院

 

イップス治療 イップス克服 イップス改善 イップス病院

 図2は比較的なだらかなカーブでコースが作られているので1周回ると減速はするもののある程度、慣性の力が保たれた状態になります。

 図3は急なカーブが多くあり慣性の力が著しく失われて極端な減速が起こります。図3は極端な減速が起こる為、図2と比べて1周回るタイムが遅くなってしまいます。

 投球の時の腕の軌道は、慣性の力を利用して加速させながらリリースの瞬間に最大のエネルギーをボールに伝えることが重要です。逆に慣性の力を上手く利用できず腕の振りが減速してしまう投球は、リリースの瞬間にエネルギーを上手くボールに伝えることが出来ず、手離れが悪かったり、リリースポイントが分からなくなったり、リリースまでに減速しているので最後スナップで補おうとして手に力が入ったりします。

 

イップス治療 イップス克服 イップス改善 イップス病院

 

 次に 慣性の力に逆らった投球の例を挙げていきます。①テイクバックの時に体重移動が始まっているのにボールを投げる方の腕に背中側への力が働く。正面から見てボールを投げる方の腕が背中側に見えてはいけないと言っているのではありません。体重移動が始まっているのにボールを投げる方の腕に背中側への力が働くとお互いに邪魔しあっていることになり慣性の力も奪われ腕の振りは減速してしまいます。

  テイクバックの時に前方に体重移動が始まっているのにボールを投げる方の腕に後方への力が働く。ボールを投げる方の腕を後方に持って行くことが悪いのではなく、体重移動が始まっているのにボールを投げる方の腕に後方への力が働くことが良くないのです。お互いの力が邪魔しあって慣性の力も奪われ腕の振りは減速してしまいます。

イップス治療 イップス克服 イップス改善 イップス病院

 ボールを投げる手がトップの位置で、下半身と体幹は体重移動から回転運動に移ろうとしている状態です。この時、ボールを投げる方の腕で反動をつけようとして後方に引くと下半身や体幹とボールを投げる方の腕の力の方向が逆になり慣性の力も奪われ腕の振りは減速してしまいます。

 ④コッキング期の後半(リリースの直前)下半身と体幹は回転運動をしているのにスナップで反動をつけようとして後方への力が働く時、やはりお互いの力が邪魔しあって慣性の力も奪われ腕の振りは減速してしまいます。

イップス治療 イップス克服 イップス改善 イップス病院

 ⑤肘から先に出すことを意識した場合、下半身や体幹の動きを追い越して腕が出て来てしまいます。この場合も慣性の力を奪い減速します。下半身や体幹に引っ張られながらボールを投げる方の腕が出て来る時、手より肘が先行して出て来るので肘から出しているように見えるのです。肘から先に出すという意識は間違いが起こりやすいと思います。

 ⑥肘から先に出すことやリリースを意識すると腕単独の動きになりやすく、下半身や体幹との連動が絶たれてしまいます。腕を振る方向と体幹の回転方向が合いません。この場合も慣性の力が奪われ減速してしまいます。

イップス治療 イップス克服 イップス改善 イップス病院

 ①~⑥は慣性の法則の動いている物体に力を加えなければ、そのまま動き続けるという性質の妨げになっています。投球の開始からリリースまで慣性の力を利用しながら行うことが大切です。慣性の力に逆らう投球は腕の振りが減速してしまい筋力に依存する投げ方になります。筋力に依存する投げ方は屈筋優位(イップス研究報告⑦)を招きイップスが起こります。力の方向が合っていないと腕に引っ掛かり感が出たり、動きが止まったりします。リリースの瞬間までに加速し最大のエネルギーをボールに伝えられるのが正しい投球です。関節の動きに沿ってしかも慣性の力を利用した体の使い方を習得する必要があります。

イップス治療 イップス克服 イップス改善 イップス病院

 イップスの話でよく意識と無意識のことが言われます。先ほどの例に当て嵌めるとテイクバックを意識すると①や②の状態になりやすい。トップの位置を意識すると③や④の状態になりやすい。肘を出すことやリリースを意識すると⑤や⑥の状態になりやすいと思います。なぜ意識するとイップスが起こりやすく、無意識だと起こりにくいのかというと意識した投球は慣性の力を邪魔する動きが入りやすい。無意識での投球は慣性の力を邪魔する動きが少なくなる。投球ホームの改造でイップスになるのも技術面だけで説明すると、この事が原因です。監督やコーチは選手のことを思って指導してくれているのに選手が指導されたことを意識して投球すると慣性の力に逆らった投げ方になってしまいイップスになって行くこともあります。意識することで慣性の力が奪われ、流れるような連続した動きが出来なくなるのです。

 自信の持てない選手が、無意識に投げるというのはとても不安なことです。また技術の向上やミスをしない為には意識して投げる必要もあると思います。反復練習して無意識に出来るようになるのが一番ですが、そう簡単にはいきません。

 私は意識して投げることが悪いとは思いません。意識した投球で慣性の力が奪われる場合、意識するところや意識の仕方が間違っている可能性があります。

 当院では運動指導する時、のところのような末端部分を意識するのではなくの部分を意識することで、その動きに全体がついてくるように指導します。そうすることで慣性の力を生かしたスムーズで流れるような正しい投球が出来るようになります。


2019年06月09日